第19回卒業式が挙行されました。

2月28日(水)に卒業式が挙行されました。肌寒く悪天候が続いていた丹後でしたが,この日は見事な晴れの一日となりました。今年度も縮小した形での開催でしたが,ご来賓の方々にもお越しいただき,暁星らしい心温まる式となりました。本当にありがとうございました。また,たくさんの方からのご祝電をいただきました。重ねて御礼申し上げます。

聖書朗読
学校長式辞 玉手健裕先生
ご祝辞 頭島 光 神父様
ご祝辞 PTA会長 宮垣英昌様
卒業証書授与
在校生代表送辞
卒業生代表答辞
学校長式辞 

 3年前の入学式の式辞。混乱と不安の中にいる人々のために祈りたいと思います。私たちも毎日落ち着かない色々と神経を使わなければならない日々が続いていますが、3月にもなると、全く沈黙していた木々に、新芽の兆しを見つけ、草花も、土をはねのけて、みずみずしい双葉が顔を出し、生命力を感じさせてくれます。長い間厳しい寒さの中、忍耐強く、自分の時が来るのを待っているのです。自然の秩序正しい営みの前に、思わず頭をさげ、神への畏敬の念にかられます。と話し始め、聖書はルカの福音書の11章9節“求めなさい、探しなさい、たたきなさい”の箇所、開かれる道が、自分が思っていたのと違う道である場合も多いのですが、あきらめさえしなければ、状況は変わり、道は必ず開かれます。わたしたちがあきらめない限り、求め続け、探し続け、門をたたき続けている限り、道は必ず開かれます。そのことを信じながら、高校生活を歩んでいきましょうと話しました。今もなお、目に見えないウィルスへの不安を持ち、感染防止に向けて、マスク着用しての生活が、続いていますが、そんな中縮小した形ではありますが、このように第19回卒業式が挙行できますこと、そして皆さんの旅立ちをお祝いできますこと、心からうれしく思っています。来賓の皆さまには公務でご多忙の中、ご出席くださり、高い所からではありますが、お礼申し上げます。本当にありがとうございます。

 さて、この学び舎を巣立っていく3年生の皆さん、卒業おめでとうございます。みなさんは、人生の通過点である3年間の高校生活を、キリスト教の精神を基盤においたカトリック・ミッションスクール暁星で過ごしました。この間、ミサやみことばの祭儀、昼の黙祷、宗教の授業、行事、校長講話などを通して、聖書のことばに出会いました。大切にしてください。暁星での具体的な学校生活では、祈り・美化・学習の三本柱を通して、中学校生活とは違う雰囲気の中で、今まであまり意識しなかったことを教わりました。毎日のさまざまな場での祈りを通して、手を合わせること、自分のため、人のために祈ることを教わりました。そして誰かのために生きることの大切さ、実際に身体を動かしてやってみることを授業や美化を通して学びました。エプロンをしての掃除、敷地内の除草作業など、まるで修業にきたように感じたかもしれませんが、これが暁星の特色なのです。型から入り、それに意味があることに、少しずつ気付いていくやり方なのです。この3年間で、この型が身についたと信じています。生かしてください。そして今年度も感染症に神経を使いましたが、文化祭・体育祭・ウォーカソン・クリスマスなどの行事や委員会活動、そしてネパールワークキャンプ・釜ヶ崎の体験学習も実施することができました。そして最後には総合探究の発表があったり、松浦司教様による2日間の黙想会にもあずかりました。どうだったでしょうか。人のために、自分のために、自分の時間、タレント・労力・おもいを差し出すトレーニングになったと思います。今日読まれた聖書は、コリントの信徒への手紙からです。「耐えられないものはなかったはずです」の箇所です。私たちの人生は試練の連続です。病気・ケガ・事故・天災・裏切り・親しい人との死別など試練と苦しみが絶え間なくやってくるように感じることもあるでしょう。望んでもない試練に襲われたとき、わたしたちは神様に文句を言いたくなるものです。能登半島地震で被災された方が、インタビューに応え、「なぜ、わたしをこんな目に遭わせるのですか。わたしがいったい何をしたというのですか。」と。しかし、多くの場合、神は沈黙したままです。その試練を取り除いてくださることも、この質問への納得のいく答えを提示することもないかのようです。しかし、わたしたちは苦しんだ末に試練を乗り越えたとき、自分が人間として成長していることに気づくでしょう。樹木が成長して花を咲かせ、実をつけるためには、暑い日照り、強い雨風、冷たい雪にも耐えねばなりません。それらは、樹木を苦しめるものであり、樹木を成長させるものでもあります。試練を乗り越えた後に、神様がなぜそんなつらい目に遭わせたのかわかったとき、人は大きく成長しているのです。信頼したいものです。神さまは試練をお与えになると同時に、試練を耐えることのできるような恩恵も与えてくださるということを。忘れずにいたいものです。試練を耐え、乗り越えようとするとき、神さまは、いつもわたしたちとともに、おられることを。

 さて、私たちは、この一年も祈り続けてきました。“平和を求めて、そして被災された人たちのために”、「戦争と平和」という言葉を意識せざるを得ない1年でした。ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ。マタイの福音書には、「剣をさやに納めなさい。剣をとる者は皆、剣で滅びる」とあります。相手を力でねじ伏せても、いつまでも強いままではいられず、さらに強い者によってねじ伏せられます。この繰り返しが人間の歴史です。イエスは、自分を暴力的に逮捕しに来た人たちにも抵抗せず、非暴力を貫きます。イエスが教えてきたことは、人を大切にすること愛することです。イエスは暴力の連鎖を断ち切って、ゆるすことを教え、愛の連鎖が続いていくことを願っているのです。今難しい世界の状況にある私たちが、暴力や憎しみではなく、平和の推進する人間になることが求められています。世界の動き、国内の動きを注視していきましょう。そして祈り続けていきましょう。

 自分も他人も大事にする生き方を続けてください。暁星で見つけたこと、学んだことを自分の中心軸にして旅立ってください。他人と比較するのではなく、自分らしく生きてください。勇気を出して、さまざまなことに挑戦し続けてください。周りの人に希望を与えてください。人と人とのかかわりを、つながりを大事にしてください。時には暁星を思い出し、声を聞かせてください。私たちはみんなの幸せを祈っています。 

 最後になりましたが、保護者の皆様にひとこと感謝申し上げます。マスク姿での入学、マスク姿での卒業になりましたが、この3年間さまざまな行事活動にご参加くださり、ありがとうございました。又、感染防止にも協力くださり、感謝しています。この3年間、毎日のお弁当作り、休日には車での送迎など、大変だったと思います。本当にありがとうございました。この時節、私ども教職員一同至らない点も多々あったと思います。どうかお許しください。この晴れの日を迎えられましたこと、皆さまのご支援の賜物と感謝しております。ありがとうございました。

これをもちまして、私の式辞とさせていただきます。 

卒業生代表答辞

 教室の隅に置かれた小さな陶製の雛人形にもようやく春の光を感じる今日。僕たちのためにこのような盛大な卒業式を挙行いただき、心から感謝申し上げます。3年間ここにいる仲間たちと一緒に学び、過ごしたこの木造校舎や四季折々の自然の風景も今日でお別れだと思うと寂しさが募ります。あの日から3年経ち、今日卒業生代表として、京都暁星高等学校への感謝を伝える機会をいただいたことを嬉しく思います。

 高校3年間を振り返ると、時の流れの速さを感じるとともに、この京都暁星高等学校で過ごした日々の様々な出来事が思い出されます。3年前、僕たちは一人一人が様々な期待や希望、不安を抱えながら、この京都暁星高等学校に入学しました。一緒に歩む新しい仲間との出会いへの期待と新生活への不安で胸がいっぱいであったことを今でもはっきりと覚えています。本格的に学校生活をスタートさせてからは、木造平屋建ての校舎で時計が置かれていない教室や毎日のお祈り、割烹着を着ての掃除など、他の学校との違いに戸惑いを何度も感じました。特に毎日行う「お祈り」は僕にとって新鮮で衝撃的でした。しかし、繰り返される学校生活を通して、次第にお祈りの時間は自分自身が立ち止まる時間になり、また自分の意識にはない誰かに思いを馳せる、静かな時間になっていきました。暁星の三本柱である「祈り・美化・学習」はとても大切であり、ここに暁星らしさを感じます。掃除の時間になると、生徒も先生も全員が割烹着を身に付け、教室の隅々まで丁寧に掃除を行いました。正直に言うと「誰もこんなところ見ていないだろう」と思うところもきれいに掃除されており、校舎がきれいな状態に保たれているのは、全員の掃除に対する誠実な向き合い方によるものだと思います。きっと他の学校の生徒がこの校舎と掃除の風景を見たら驚くと思います。

 また、暁星での3年間で多くのボランティア体験をするチャンスをいただきました。様々な体験をする中で、毎回新しい学びを得ることができました。その中でも2年生の時に参加した東北ボランティアは僕にとって最も衝撃を受けた体験です。この体験を通して、僕は五感を使って実際に体験することの大切さを知りました。本やインターネット、テレビで得た知識では本当の意味で理解することはできないということを実感しました。そして、僕は暁星の学習面の指導にとても感謝しています。先生方は普段の授業はもちろんこと、テスト前には生徒一人ひとりに関わり、丁寧に指導してくださいました。その他にも、個人の習熟度に合わせての添削や検定講座、長期休みの講習など、数多くの学習サポートをしていただきました。僕は3年間の個人添削のサポートにはどれだけ感謝してもしきれません。添削をしてもらい、先生方に毎日メッセージをいただくことがなければ、僕は大学受験のために日々努力をする事はできなかったと思います。先生方のメッセージは毎日勉強を続ける励みになりました。時には厳しい言葉が書かれていましたが、その厳しさがあったからこそ、勉強から逃げそうな時も逃げ出さず、努力し、志望校に合格することができたのだと思います。また、なかなか成績が上がらず、勉強の成果が感じられないときには、夜遅くまで相談に乗っていただきました。家族以外の人に自分が本心から相談し、悩みを聞いてもらった事はあの日が初めてでした。学習においても精神面についてもサポートし続けていただきました。また、土曜日でも忙しい時でも学校に来て、僕たちのために尽くしてくださる先生方の姿を見るたびに、自分のことよりも他者を思い、「他者に尽くす」という人として大切な姿勢を教えていただきました。この先生方の姿を卒業後も意識し、目標として大切にしたいと強く思います。

 在校生の皆さん、未熟な僕たち3年生についてきてくださり、本当にありがとうございました。クラブ活動や委員会活動、文化祭や体育祭、学校クリスマスの活動は皆さんが積極的に協力してくれたおかげで成功させることができました。次は皆さんがこの京都暁星高等学校の伝統を引き継ぎ、つないでいく番です。困った時は頼れる仲間や先生方と協力し、ためらわず取り組んでください。

 そして、今まで18年間、誰よりも近くで僕たちを支え、励ましてくれたお父さん、お母さん、今日の日を迎えられたことを心から感謝します。本当にありがとうございました。そして、また、新たな一歩を踏み出す僕たちを見守っていてください。僕たちはそれぞれが選んだ道を誠実に歩いていきます。ここにいる卒業生は、一人ひとりこの京都暁星高等学校で学び、気づいた事は違うかもしれませんが、今後の人生に必ず役に立つと思います。ここで得たものを大切にしながら、僕たちは僕たちらしく、今後の人生を歩んでいきます。

 最後になりましたが、今日まで僕たちを支えてくださったすべての人に感謝申し上げるとともに、伝統と歴史あるこの京都暁星高等学校が人と人とのつながりを大切に、生徒一人ひとりと向き合い、神様に祝福された学び舎であり続けることを心から願い、卒業生一同のお別れの言葉といたします。

卒業式後のホームルームの様子(3−1)
卒業式後のホームルームの様子(3−2)
在校生による黒板アート

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