東北支援ボランティア

前期終業式の翌日、秋休みに入った9月23日(金)~27日(火)、夏休みに続き第2回目の東北支援ボランティアに、教員2名生徒5名が参加しました。カリタス南相馬を拠点に、北は宮城県、南は福島第一原発から20キロ圏内にある浪江町、双葉町、大熊町、富岡町など、各震災遺構や資料館、慰霊碑を回り、南相馬市小高区では、小高工房の廣畑さんにお話を聞かせて頂きました。震災から11年が経ちましたが、特に原発の被害を受けた地域は想像以上に広く、一本道を奥に入ると震災当時のまま、放置された家屋や光景が車窓から目に入りました。「復興」とは程遠い現実。自然豊かな美しいふるさとに帰還できず、荒れ果ててゆく地に住んでおられた人々の心中を思うと胸が痛み、福島の問題を一緒に考えていきたいと強く思いました。

カリタス南相馬では温かくスタッフが迎え入れて下さり、毎日の祈りと分かち合いが気持ちを癒し、次への活力を与えてくれました。自分の足を運び、五感で感じる実体験の大切さを、一人一人が感じた体験となりました。

 
車窓から見た光景     震災遺構 中浜小学校訪問

(生徒の感想)

私は4日間の東北ボランティア参加し、言葉では言い表すことの出来ない衝撃を受けました。福島に入ると、至る所に放射線量を示す電光掲示板が設置されていて、11年前の震災前の状態にはまだまだ戻っていないと感じました。

福島に到着して、一番に思ったことは、人が歩いていないという事でした。初日にカリタス南相馬の南原さんの話を聞いて、自分の目で実際に見て話を聞いて、五感で感じることが本当に必要だと感じました。帰りたいけど帰ることのできない人がいたり、避難先での生活が出来あがり、もう福島に帰らなくなってしまったりと、人が戻ってこないことや、岩手や宮城では震災での直接死が多いのに対して、福島では長い避難生活で心身ともに悪化して、孤独や引きこもりで自死してしまうような関連死が多いことを知り、一度の原発事故で元の場所に戻ることが出来なくなると考えると、原発のリスクの大きさを考えてしまいました。また一度避難したけど放射線の影響などで何度も避難先を変えていたり、避難先で福島出身であることを隠しながら生活をしているという話を聞き、自分なら絶対に耐えがたいことだと思いました。福島に来て見たもの聞いたもの全てが衝撃的で、夢に福島の家がなくなってしまった光景や津波が出てくる程です。でも実際に震災に遭った人たちは、何倍も怖かったと思うと何とも言えない気持ちになります。これから福島の現実を、震災の悲惨さを一人でも多くの人に伝えていきたいです。


最終日修道院横の歩道 除草作業


修道院裏の民家の除草作業と剪定

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